興福寺

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興福寺
藤原鎌足私邸に建立された 山階寺
が前身。 710年平城遷都に伴い藤
原不比等によって現在地に移転。
藤原氏の氏寺として大いに繁栄。
1180年平重衡の南都焼討で焼失し
た堂塔は 鎌倉期に復興。境内には
五重塔 北円堂 南円堂 国宝館など
立ち並ぶ。

東金堂
726年聖武天皇が伯母の元正上皇の
病気平癒を祈願し薬師三尊像を安置
する堂を創建。現在の建物は 5度の
焼失を経て1415年に再建。唐招提寺
金堂に似た天平様式である。 規模は
創建時の堂に準じており 堂内には銅
造薬師三尊像等を安置。

東金堂:薬師三尊
 本尊薬師如来坐像は、像高 2.5m。
 現在の東金堂が再建された室町時
 代に造立。 かつての東金堂本尊は
 頭部のみが国宝館に保存 。

01- 1 南北朝
東金堂:薬師三尊中尊
像高は2.5m、銅造。東金堂が再建
された室町時代に造立。 かつての
本尊の頭部が国宝館に保存。

01-4 白鳳
東金堂・薬師三尊・月光菩薩
 大きな特徴は両菩薩ともに宝冠正面
 に阿弥陀仏が見られる。宝冠の阿弥
 陀仏は観音菩薩の印である。

01-2 白鳳
東金堂・薬師三尊・日光菩薩
 元は飛鳥の山田寺講堂薬師三尊の
 脇侍で興福寺の僧兵が略奪した
 もの。

01-3 白鳳
東金堂・薬師三尊・日光菩薩(2)
 金銅鍍金製、像高は日光菩薩が
  300.3cm、月光菩薩は298cm。

東金堂・四天王
像高は 1.5m程度、ヒノキの一木造で
瞳は黒漆。 像内に内刳無し。頭髪や
甲冑の一部、邪鬼の表面に乾漆を盛
り上げて造形。 持国天と増長天は正
面を向き広目天と多聞天は互に内側
を向く。一木の桧材で彫出されたため
肉太かつ重量感にあふれる。平安前
期に造立。

02-1 平安前期
国宝:四天王・持国天
  ヒノキ材一木造、一部乾漆補てん。
 右手で宝珠を捧持し、左手は剣を
 持つ。

02-3 平安前期
国宝:四天王・増長天
 ヒノキ材一木造、一部 乾漆補てん。
 冑をかぶり右手を腰に当て、左手
 は三叉戟を支える。

02-2 平安前期
国宝:四天王・持国天(2)
頭髪、体の一部に漆を盛り上げて肉
付ける。瞳には黒漆を用いる。

02-4 平安前期
国宝:四天王・増長天(2)
頭上から足下の邪鬼、台座まで一
木の桧材で掘り出されており 肉太
であり重量感あふれる。

02-5 平安前期
国宝:四天王・広目天
 ヒノキ材の一木造、 一部に乾漆補
てん。右手を挙げて羂索を握り、左
手で右側に立てた三叉戟を支える。

02-6 平安前期
国宝:四天王・広目天(2)
持物が筆と巻物でなく、羂索と三叉
戟になっているのは 陀羅尼集経の
所説に依った図像。

02-7 平安前期
国宝:四天王・多聞
 ヒノキ材の一木造、一部に乾漆補
 てん。 冑をかぶり右手で宝塔を持
 し、左手は三叉戟を支える。

02-8 平安前期
国宝:四天王・多聞天(2)
 右手で宝塔を掲げる様式は天平
 平安前期の作造に多い。

03-1 鎌倉
国宝:維摩居士坐像
 1196年定慶の作品。像高は88cm
 桧材の寄木造、彩色、玉眼仕上げ
 文殊と維摩の問答の場面を表現。

03-2 鎌倉
国宝:維摩居士坐像(2)
 維摩は藤原氏の信仰を集める。維
 摩経を講賛し供養する維摩会を毎
 年10月に開催。

03-4 鎌倉
国宝:文殊菩薩坐像(2)
 維摩居士像と対を成し 古くから学問
 僧の祈願仏として信仰を集める。

03-3 鎌倉
国宝:文殊菩薩坐像
 像高 94.0cm、桧材の寄木造、彩色
 玉眼仕上げ。若々しい面相、左足を
 前に外して安座する。

04-3 鎌倉
国宝:十二神将・安底羅(申)
 兜を被り、腰を右に曲げる。 右手
 に宝棒を掲げ、左手は掌を下にむ
 け脇におろす。下唇を噛む忿怒相。

04-1 鎌倉
国宝:十二神将・因達羅(巳)
 顔を右方向に向けて、左手に三叉
 戟を持ち、右手は腰に当てる。

東金堂・十二神将
像高は113.0-126.6cm、 ヒノキの寄
木造、彩色、彫眼仕上げ。薬師如来
の守護神で、如来を囲み左右に各6
体、計12体を安置。伐折羅が草履を
はき、それ以外は沓をはく。 頭部の
十二支の動物が 十二の時と方位を
司る。

04-2 鎌倉
国宝:十二神将・因達羅(2)
側頭部は焔髪のままにして他は頂部
にまとめ天冠台で締める。

04-7 鎌倉
国宝:十二神将・珊底羅(午)
 左手は 腰に運び掌を開き正面に
 むける。右手は鈷杵を握り頭の高
 さまであげる。

04-4 鎌倉
国宝:十二神将・安底羅(2)
 髪には乾漆を併用する。 臑当てを
 着けずに脚部を露出する。

04-5 鎌倉
国宝:十二神将・迷企羅(酉)
 右と左手で三叉戟を握り右側に構
 える。直立不動の姿勢。

04-6 鎌倉
国宝:十二神将・迷企羅(2)
側頭部は焔髪のままにして他は頂部
にまとめ天冠台で締める。

04-11 鎌倉
国宝:十二神将・招杜羅(丑)
 腰を左に折り曲げ、右手は矢を握
 り喉元まで運ぶ。左手は右脇腹ま
 で運び拳を作る。

04-8 鎌倉
国宝:十二神将・珊底羅(2)
 右足ほぞに作者名を指すと思われ
 る衆阿弥の墨書がある。

04-9 鎌倉
国宝:十二神将・真達羅(寅)
 目を半閉じにして口をへの字に曲
 げ、正面を向き合掌する。

04-10 鎌倉
国宝:十二神将・真達羅(2)
 腰部に獣頭付の毛皮など、珍しい
 飾りがみえる。

04-13 鎌倉
国宝:十二神将・宮毘羅(亥)
 兜を被る。 右手は親指と中指薬指
 とで輪を作り胸元まで上げる。左手
 は掌を向けて腰脇から突き出す。

04-14 鎌倉
国宝:十二神将・宮毘羅(2)
 表面の仕上げに截金文様を多用
 する。頭上に猪の像を載せる。

04-15 鎌倉
国宝:十二神将・摩虎羅(卯)
 目を剥き、口を大きく開く。左手に
 は斧を持ち、右手は脇に降ろす。

04-12 鎌倉
国宝:十二神将・招杜羅(2)
上半身と下半身を別材から木取り
して矧いでいる。 眼は玉眼を嵌入
せず彫眼とする。

04-17 鎌倉
国宝:十二神将・毘羯羅(子)
 右足を踏み出し、口を開けて左手
 を額にかざして遠方を見る。右手
 は拳を作りやや折り曲げ下げる。

04-18 鎌倉
国宝:十二神将・毘羯羅(2)
 ひょうきんな表情を見せる。瞳の
 部分に漆塗の玉を嵌入する。頭
 上に鼠の像を載せる。

04-19 鎌倉
国宝:十二神将・波夷羅(辰)
 兜を被り口を開け鬼の形相で右足
 を踏み出す。 左脇で両手で支える
 太刀を正に抜かんとする。

04-16 鎌倉
国宝:十二神将・摩虎羅(2)
瞳の部分に漆塗りの玉を嵌入する。

04-20 鎌倉
国宝:十二神将・波夷羅(2)
 表面装飾に彩色文様が 主に見ら
 れる。臑当てを着けずに脚部を露
 出する。

04-21 鎌倉
国宝:十二神将・あに羅(未)
 右手で三叉戟を支えて、 左手は腰
 に添える。口を閉め、厳しい顔で仁
 王立ちする。

04-23 鎌倉
国宝:十二神将・伐折羅(戌)
 右手で宝剣を下方に振りかざし、腰
 を屈め、口を開いた鬼の形相で襲い
 かかる。左手は右ひざ前に下げる。

04-22 鎌倉
国宝:十二神将・あに羅(2)
側頭部は焔髪のままにして他は頂部
にまとめ天冠台で締める。

国宝館内部

04-24 鎌倉
国宝:十二神将・伐折羅(2)
 上体を前傾させ、振り上げた右手の
 剣で仏敵を仕留める。 臑当(すねあ
 て)を着けずに脚部を露出する。

04-25 南北朝
東金堂:正了知大将立像
 像高167pの寄木造。火災時に
 躍り出て焼失を免れ踊り大将と
 呼ばれる。

国宝館
 1959年に食堂、細殿の跡地に建設
 した 耐火式収蔵施設に寺宝を展示
 する。 外観は食堂創建時の寺院建
 築を模した。食堂の本尊であった千
 手観音立像が、中央に安置され 八
 部衆 十大弟子 板彫十二神将 など
 多くの仏像を展示。

05-1 白鳳
国宝:鋳造仏頭
 元は飛鳥の山田寺講堂の薬師三
 尊像の中尊で興福寺の僧兵が略
 奪したもの。室町期に火災に遭い
 両脇侍像は無事で中尊像は頭部
 だけが 残る。

05-2 白鳳
国宝:鋳造仏頭(2)
 堂が焼けて頭部が落下した時に左
 耳下部が欠損し左耳上の頭髪部に
 鋭角的な深い窪みが出来たと思わ
 れる。

06-1 天平
国宝:十大弟子・舎利弗
 左腕は心木を残すのみで欠失。袈
 裟を通肩に着て、 折り目は垂直に
 流れている。

国宝館・十大弟子
 734年に西金堂が 建立された際に
 光明皇后の発願で造立。釈迦の高
 弟10人の肖像彫刻で舎利弗など6
 体が現存、他4体は 明治時代に寺
 外へ流出。
 粘土の原型に布をかぶせ、漆を重
 ねる脱活乾漆造。像高は 144.3cm
 から152.7cmである。

06-2 天平
国宝:十大弟子・目けん連
 両手首から先を欠失。袈裟を通肩
 に着て、真っ直ぐ正面を見て 両手
 で何かを抱える。

06-3 天平
国宝:十大弟子・須菩提
 袈裟を通肩に着て、 大まかな折り
 目を作る。 若者の顔にして左方を
 見る。

06-4 天平
国宝:十大弟子・富楼那
 筒袖と広袖の両方を着て、細やかな
 折り目を作る。 老人の顔にして左肩
 を引き右肩を上げ右方を見る。

06-5 天平
国宝:十大弟子・迦旋延
 右肩を露わにして少し右に出し動
 きを表現。 右を向いて口を開き歯
 を覗かせる。

06-6 天平
国宝:十大弟子・羅ご羅
 正面を向き目を閉じる。袈裟を通
 肩に着て、両手は 腹前で袈裟の
 中に包む。

07-1 天平
国宝:八部衆・五部浄居天
 象頭の冠をかぶり宝剣を佩いた偉
 丈夫。正面を見つめる少年の姿で
 あるが頭部と上半身の一部を残す
 のみ。

07-2 天平
国宝:八部衆・五部浄居天(2)
 色界最上界の五浄居天に住む阿
 那含の5聖者を合わせて一尊とし
 たものが五部浄居天と言う。

国宝館・八部衆
 八部衆とは8つの種族を言う。脱活
 乾漆造で像高150cm前後だが重さ
 は15kgほどの軽量。 この軽さで幾
 度の火災を免れた。阿修羅以外は
 甲冑を身に着ける。

07-3 天平
国宝:八部衆・沙伽羅竜王
 頭頂から上半身にかけて蛇が巻
 き付き、少年のような表情。龍衆
 は八大竜王に代表される龍族。

07-4 天平
国宝:八部衆・沙伽羅竜王(2)
 蛇を神格化し、水中に棲み、雲や
 雨をもたらす。釈尊の誕生の際に
 灌水したのも竜王である。

07-5 天平
国宝:八部衆・鳩槃荼
 頭髪が逆立ち、目を吊り上げ、口
 を開き歯を覗かせる。福神と鬼神
 の両面をもつ夜叉衆の代表。

07-6 天平
国宝:八部衆・鳩槃荼(2)
 古代インドの悪鬼神の類を指す
 が、仏法に帰依して 護法善神と
 なる。増長天の眷属 。

07-7 天平
宝:八部衆・乾闥婆
 正面を向き、獅子冠をかぶり目を
 閉じて甲を着ける。元は歌神で香
 を食べるとされる。

07-8 天平
国宝:八部衆・乾闥婆(2)
 帝釈天宮で笛を吹き、 音楽を流し
 て諸神を供養する。天界の神が飲
 む酒ソーマの番人。

07-9 天平
国宝:八部衆・阿修羅
 像高は153.4cm、三面六臂。上段
 腕の掌で忘失の日球・月球を載せ
 る。正面は青年期の顔。

07-10 天平
国宝:八部衆・阿修羅(2)
 右は幼少期の顔。紀元前 3 千年
 頃の中央アジア、イラン方面の太
 陽神が起源と言われる。

07-11 天平
国宝:八部衆・阿修羅(3)
 左は思春期の顔。熱さを招き大地
 を干上がらせる 太陽神として、常
 に帝釈天と戦う悪の戦闘神。

07-12 天平
国宝:八部衆・迦楼羅
 像高 149.7cm。龍を食べる伝説の
 鳥(ガルーダ)。 体は人間の姿、頭
 が鳥で甲を着ける。

07-13 天平
国宝:八部衆・迦楼羅(2)
 左を向き肩に肩衣を巻く。竜を好
 んで常食するという伝説上の鳥で
 ある。鳥類の一種を神格化。

07-14 天平
国宝:八部衆・緊那羅
 像高149.1cm。頭上に一角、額に
 第三の目がある。 半身半獣の人
 非人ともいう。

07-15 天平
国宝:八部衆・緊那羅(2)
 音楽神であり、仏教では乾闥婆と
 同様に帝釈天の眷属とされる。美
 しい声で歌う。

07-16 天平
国宝:八部衆・畢婆迦羅
 像高156cm、他像と異なり、唯一
 髭を蓄えた壮 年の姿。 ニシキ蛇
 が神格化したもの。

07-17 天平
国宝:八部衆・畢婆迦羅(2)
 横笛を吹き諸神を供養する音楽神
 である。 十二神将の毘羯羅大将と
 同一尊格との説がある。

国宝館・板彫り十二神将
厚さ3cmのヒノキ板に彫られた 仏像
は元々、 東金堂の薬師如来像の台
座側面に貼られていた。薄板の浮彫
りだが、立体感と奥行きがある。 像
容は 誇張されており、 ユーモラスな
雰囲気が漂う。高さ 90-100cm横幅
33-43cm、厚さ約 3cm。

08-1 平安後期
国宝:板彫十二神将・因達羅
 足を開き垂直に立つ。頭部を右に
 傾け左上を睨む。左肩を上げ左手
 は腰紐を掴み、右手は棍棒をもつ。

08-3 平安後期
国宝:板彫十二神将・安底羅
 焔髪を天冠台で留め、頭頂部は
 無毛。 口を開け、顔を右下に向
 け身をよじる。 右手は後に左手
 は脇にさげる。

08-2 平安後期
国宝:板彫十二神将・因達羅(2)
袴は長く伸ばし膝と足首に釧で留め
て いる。細い天衣は ギザギザの襞
が表されている。

08-4 平安後期
国宝:板彫十二神将・安底羅(2)
両肩袖には獅子噛らしきものがあ
る。左手の指の反りは浮彫とは思
えない立体感 がある。

08-5 平安後期
国宝:板彫十二神将・迷企羅
 左足と右腕を高くあげて躍動感を
 示す。 左掌を横に押し出し、大き
 く口を開く。裸足である。

08-7 平安後期
国宝:板彫十二神将・珊底羅
 兜を被り、頭部を右に傾け右下を
 にらむ。右手は下げ戟を握る。左
 手は脇に、左足に重心を移す。

08-6 平安後期
国宝:板彫十二神将・迷企羅(2)
左掌を外に押し出し誇張的な躍動
感を示すが、 激しい動きを一瞬停
止させている。

08-8 平安後期
国宝:板彫十二神将・珊底羅(2)
唯一兜を被る像。袖は長く手首近く
まである。袴は膝下でまとめる。 細
い天衣が巻きついている。

08-9 平安後期
国宝:板彫十二神将・真達羅
 正面向きで合掌する姿を浮彫であ
 らわす。焔髪を脇に残し頭頂部は
 束ね、右脇に太刀をはさむ。

08-11 平安後期
国宝:板彫十二神将・招杜羅
 口を開けて、左足を曲げ、左手で鞘
 を押さえ、右手で太刀を引き正に襲
 いかかる。裸足である。

08-10 平安後期
国宝:板彫十二神将・真達羅(2)
正面の姿を平面的な浮彫であらわす
のは難しいが全く破綻はなく、奥行す
ら感じさせる。

08-12 平安後期
国宝:板彫十二神将・招杜羅(2)
側頭部は焔髪のままで他は頂部に
まとめ天冠台で締める。 袴をたくし
上げ両膝を出しており裸足である。

08-13 平安後期
国宝:板彫十二神将・宮毘羅
 頭頂部の炎髪は天冠で締める。右
手に太刀を握り 右肩に載せ左手は
甲を向け脇に下ろす。

08-15 平安後期
国宝:板彫十二神将・摩虎羅
 巻髪を天冠で抑えている。 右手は
 横に伸ばし棍棒を掴む。左手は右
 肩に添える。両膝を寄せ身構える。

08-14 平安後期
国宝:板彫十二神将・宮毘羅(2)
長い袖の袂の下部には結び目が
ある。袴は膝下まで下げる。

08-16 平安後期
国宝:板彫十二神将・摩虎羅(2)
袴をたくし上げて膝を出す。脛当て
をして沓を履いている、

08-17 平安後期
国宝:板彫十二神将・毘羯羅
 総焔髪、右肩を落とし上半身を右
に傾け右下をにらむ。左手は胸元
に上げ、右手は三鈷杵を掴む。

08-19 平安後期
国宝:板彫十二神将・波夷羅
 逆立つ焔髪が額を囲んでいる。 鼻
 息は荒く、両手には矢を握り、左足
 を斜めに踏み上げ駆け出そうとす
 る。

08-18 平安後期
宝:板彫十二神将・毘羯羅(2)
袴を膝まで下げ脚部を出し沓を履く。


08-20 平安後期
国宝:板彫十二神将・波夷羅(2)
肩布の上に冑の襟が出ている。袴
を膝まで下げ沓を履く。

08-21 平安後期
国宝:板彫十二神将・安爾羅
 頭頂の焔髪を天冠で締める。右手
 で矢じり 左手で矢柄を持つ。右肩
 を上げて手にする矢を覗き込む。

08-23 平安後期
国宝:板彫十二神将・伐折羅
 側頭部の焔髪をはみ出し獣頭の兜
 を被る。両手首を腹前で交差し右手
 で刀を地に突き刺し、唇を噛む。

08-22 平安後期
国宝:板彫十二神将・安爾羅(2)
冑を着けて、幅広の肩布を何重にも
襞をつくって胸元で結ぶ。 袖の袂が
広い。袴を足首まで下げ沓を履く。

08-24 平安後期
国宝:板彫十二神将・伐折羅(2)
脛当てに獣頭が付いており、牙が
見える。

09-1 平安後期
国宝館:四天王・広目天
 一具の他3体は下記にて収蔵展示。
増長天、多聞天:奈良国立博物館
持国天:ミホミュージアム

09-2 平安後期
国宝館:四天王広目天
 桂材一木造り、彩色、彫眼(瞳は黒
 漆)、像高157.4cm。 瞳に別材を入
 れ、邪鬼の表面を塑土で仕上げる。

09-3 鎌倉
国宝:竜灯鬼立像
 ヒノキ材の寄木造、彩色、玉眼仕上
 げ。像高は天燈鬼像78.2cm龍燈鬼
 像が77.8cm。

09-4 鎌倉
国宝:竜灯鬼立像(2)
 四天 王像に踏みつけられる邪鬼
 を独立させ、仏前を照す役目を与
 えたもの。

09-7 鎌倉
国宝:金剛力士像・阿形
 ヒノキ材の寄木造、彩色、玉眼仕
 上げ。像高は阿形像154.0cm 吽
 形像153.7cm。

09-5 鎌倉
国宝:天灯鬼立像
 架空の存在を写実的かつユーモラ
 スに表現した鎌倉期彫刻の傑作。

09-6 鎌倉
国宝:天灯鬼立像(2)
 像内に 1215年に法橋・康弁(運慶
 三男)が造ったとする書きつけあり。

09-8 鎌倉
国宝:金剛力士像・阿形(2)
 寺門を守護する大きな仁王像と
 異なり仏堂に安置される小型像
 である。

09-9 鎌倉
国宝:金剛力士像・吽形
 細かでリアルな筋肉表現やバラン
 スのよさなどが 注目される。

09-10 鎌倉
宝:金剛力士像・吽形(2)
 東金堂の十二神将像のうち伐折
 羅大将像と顔貌が類似する。

09-11 鎌倉
宝:千手観音立像
 ヒノキ材の寄木造、漆箔、玉眼仕
 上げ。像高5.2mの巨像。

09-12 鎌倉
国宝:千手観音立像(2)
 もとは食堂の本尊で、像内納入
 品の銘記から1229年頃の完成。

北円堂
 721年 藤原不比等の一周忌に際し
 長屋王が創建。 現在の建物は 12
 10年の再建で屋根を一重、本瓦葺
 とする八角円堂。 興福寺の中で最
 も古い建物。堂内には本尊の弥勒
 菩薩像を はじめに無著・世親菩薩
 四天王像などを安置。

10-2 鎌倉
国宝:弥勒菩薩坐像(2)
 晩年の運慶が 一門で1212年頃に
 完成。弥勒菩薩が56億7千万年後
 に成仏した姿を表わす。

10-1 鎌倉
国宝:弥勒菩薩坐像
 北円堂の本尊像で、像高141.9cm
 ヒノキ材の寄木造、彩色、彫眼。

北円堂内陣



10-3 鎌倉
国宝:無著菩薩立像
 桂材の寄木造、彩色、玉眼仕上
 げ。像高は無著像が194.7cm世
 親像は191.6cm。

10-4 鎌倉
国宝:無著菩薩立像(2)
 無著・世親の兄弟は 5世紀インドで
 活動した唯識教学の祖。 法相宗で
 尊ばれる。

10-5 鎌倉
国宝:世親菩薩立像
 無著像は老人の顔で右下を見つめ
 る。世親像は壮年の顔で左を向き、
 遠くを見る。

10-6 鎌倉
国宝:世親菩薩立像(2)
 鎌倉時代のリアリズム彫刻の頂点
 をなす。作品肖像彫刻の最高傑作
 の1つ 。

11-1 平安前期
国宝:四天王・持国天
 口をへの字に結び、眼球が突出す
 るかのような特徴的な表現。 右手
 に持った剣を 地面に突き立てたと
 思われる。

11-3 平安前期
国宝:四天王・増長天
 顔は異国風の偉丈夫。 体の右側
 に三叉戟を立て、これに両手を添
 えていた と思われる。

北円堂・四天王
像高は 134.7cm-139.7cm。木心乾
漆造は、桧材を荒彫りし麻布を漆で
一層又は二層に貼りつけ 木粉を混
ぜた漆を盛り彩色を施す。元々は、
 791年に大安寺で造立の四天王像
で、興福寺が 1285年に修理したも
の。

11-2 平安前期
国宝:四天王・持国天(2)
 右腕を上にして体の前で 両腕を交
 差させており、両腕を交差させる姿
 は珍しい。

11-5 平安前期
国宝:四天王・広目天
 右手を腰に当て、左手は高く挙げ
 て持物(槍、戟、刀)を持っていた
 と思われる。

11-6 平安前期
国宝:四天王・広目天(2)
 持物が 筆と巻物でなく三叉戟にな
 っている作造例は平安以降に見ら
 れる。

11-7 平安前期
国宝:四天王・多聞天
 左手を腰に当て、右手は顔の横
 まで高く挙げ、手のひらに宝塔を
 載せていたと思われる。

11-4 平安前期
国宝:四天王・増長天(2)
翻った袖や天衣の遊離部などは鉄
心に乾漆を被せて形成している。
甲など細部は乾漆造で形成される。

中金堂
1717年の7度目の火災の後は仮再
建のままであった。2018年に約300
年ぶりの復興を果たした。新たに金
箔を貼りなおした釈迦如来像、薬王
薬上菩薩像などを安置。 須弥壇の
四方は、 もと南円堂所在の四天王
像がかためる。

中金堂内陣
東西36.6m 南北23m 高さ21.2mの
巨大な建物。柱はアフリカのケヤキ
材やカナダのヒノキ材を搬入。

12-1 江戸期
釈迦三尊中尊
像高 283.9cm、寄木造、漆箔、彫眼
仕上げ。現在の像は5代目。 文化財
指定でなく金箔の張替ができた。

11-8 平安前期
国宝:四天王・多聞天(2)
 右手で宝塔を掲げる様式は天平、
 平安前期の作造に多い。

13-1 鎌倉
釈迦三尊・薬王菩薩
 桧材の寄木造、漆箔、彫眼仕上
 げ。像高は薬王像が362cm、薬
 上像が360.cm。

13-3 鎌倉
釈迦三尊・薬上菩薩
まげを高く結い、顔つきはやや厳しく
目は釣り上がり気味に、鼻口間は短
く、口は小さめである。

13-4 鎌倉
釈迦三尊・薬上菩薩
天冠台の飾りや胸飾り、腕に沿って
波打つ天衣などがきらびやかである。
両像は腰をひねりが逆になっている。

13-2 鎌倉
釈迦三尊・薬王菩薩(2)
 1202年 造立の両像ともに本尊側
 の膝を少し曲げて、外側の足に重
 心を置く。

14-1 鎌倉
国宝:四天王・増長天
 剣を斜め下方に構え、右ひじを上げ
 切っ先に左手を添える。口は少し開
 き歯を見せる。鋭い眼力を見せる。

14-3 鎌倉
国宝:四天王・持国天
 大きな鼻、その上の眉間のしわが
 特徴。口を開き、右手は構えて腰
 横に拳をつくり、左手は 三叉戟を
 支える。

14-2 鎌倉
宝:四天王・増長天(赤)
口は少し開き歯を見せる不敵な様子
と自然なひねりを加えた 体勢に迫力
が感じられる。

中金堂・四天王
像高は197.2-206.6cm、桂材の寄木
造、彩色、彫眼仕上げで。 須弥壇の
の四方に安置し、沓をはき岩座に立
つ。 増長天と広目天は腰を右に、持
国天と多聞天は 腰を左にひねる。
動きも 大きく 力強い 鎌倉再興期の
作像である。

14-5 鎌倉
国宝:四天王・広目天
 威嚇する顔つきで、顔・体・腰を異
 なる向きにひねり立つ。口を閉じ、
 右手は腰前で拳を握り、左手で三
 叉戟を持つ。

14-6 鎌倉
国宝:四天王・広目天(白)
 威嚇する恐ろしさは東寺講堂の持
 国天像を思わせ、 凄まじい顔つき
 は東寺講堂の増長天に似る。

14-7 鎌倉
国宝:四天王・多聞天
眉をうねらせ、 口を半分あける不思
議な表情である。右手に三叉戟を支
え、左手で宝塔を掲げる。

14-4 鎌倉
国宝:四天王・持国天(緑)
大きな鼻と眉間のしわが 印象深く
安定感があり、品のよい作品に仕
上がる。湛慶の作造。

15 南北朝
中金堂:吉祥天椅像
 像高64.3cm、ヒノキの一木造、厨子
 入り。1340年に唐招提寺から伝来し
 た。吉祥悔過会 (けかえ)で開帳。

南円堂
藤原冬嗣が、父・内麻呂の追善のた
め 813年に創建した八角堂。現在の
建物は四代目で1789年の再建。
屋根を一重、本瓦葺とする八角の円
堂。堂内には本尊不空羂索観音、仮
講堂から移された四天王像と法相六
祖像を安置する。

南円堂内陣

14-8 鎌倉
国宝:四天王・多聞天(青)
哀しみが にじみ出るような不思議な
表情をしている。六波羅蜜寺の空也
像の作者である康勝の作品。

16-2 鎌倉
国宝:不空羂索観音坐像(2)
 像高は 336.0cm、桧材の寄木造
 漆箔仕上げ。 瞳は玉眼入り。

南円堂・四天王
像高は 198.0-204.5cmで 桧材の寄
木造、彩色、彫眼である。 帝釈天の
眷属で仏法を守る。東に持国天、南
に増長天、西に広目天、北に多聞天
を安置する。鎌倉期の四天王像で姿
や兜などに変化を持たせ 全体として
バランスを取る。

17-1 鎌倉
国宝:四天王・増長天
 唯一兜を着けない。ドングリ目、大
 きな鼻、 への字に結んだ口が顔の
 中央に集まる。

16-1 鎌倉
国宝:不空羂索観音坐像
 運慶の父・康慶一門により1189年
 に完成、南円堂の本尊。

17-2 鎌倉
国宝:四天王・増長天(2)
右手は上げて戟を取り、左手は剣
を持つ。 胴を絞って細身にも見え
るが、かなりの太づくり。

17-3 鎌倉
国宝:四天王・持国天
 兜を着け、口を開き、左下を睨む。
 左右の手を広げ、体を開く。右手
 には宝珠を、左手には剣を持つ。

17-4 鎌倉
国宝:四天王・持国天(2)
 袖を大きく翻さない。左足を遊ばせ
 右足一本で体重を支えているが バ
 ランスが、やや悪い。

17-5 鎌倉
国宝:四天王・広目天
兜の吹き返しが豪華で袖が大きく風
に翻っている。 胸甲飾りや大きな前
垂れもめだつ。

17-7 鎌倉
国宝:四天王・多聞天
 宝塔を掲げ、戟を持つ。兜の庇が
 鬼面となる。 顔は四角張り、口は
 小さく開く。

17-8 鎌倉
国宝:四天王・多聞天(2)
 胴を絞る腰帯は豪華なつくり。 右手
で宝塔を首まで上げているほかは大
きな動きがない。

南円堂・法相六祖
像高は 73.3-84.8cm、桧材の寄木造
で彩色仕上げ。玉眼を嵌入する。
法相宗に貢献のあった学僧の肖像彫
刻である。 常騰と善珠は装坐 玄防と
玄賓は 脆坐、神叡と行賀は立膝。玄
防のみが外縛印を取るが他像は柄香
炉を持つ供養僧の姿。

17-6 鎌倉
国宝:四天王・広目天(2)
 右手に羂索 (環のついた縄)を持
 ち、左手で三叉戟を支える。

18-1 鎌倉
国宝:法相六祖・常騰
 結跏趺坐 、数珠を持つ。教学に優
 れ63巻もの経論に注釈を加えた。

18-2 鎌倉
国宝:法相六祖・神叡
 立膝で柄香炉を持つ若年の相。義
 淵に師事して法相教学を学び、 三
 論・華厳にも通じた。

18-3 鎌倉
国宝:法相六祖・善珠
 結跏趺坐で 柄香炉を持つ。有数の
 著述家で唯識義燈増明記、 唯識分
 量決など20余の著作を残す。

18-4 鎌倉
国宝:法相六祖・玄ム
 跪坐 、外縛印。聖武天皇のもとで
 仏教による国家鎮護を押し進めた
 が、失脚し筑紫へ左遷された。

18-5 鎌倉
国宝:法相六祖・玄賓
 跪坐して柄香炉を持つ。高徳をもっ
 て 聞こえたが、名利をきらって馬子
 渡守になり菩薩行を修める。

18-6 鎌倉
国宝:法相六祖・行賀
 立膝 柄香炉を持つ。老相 でやや
 上目遣いの視線を預ける。額には
 皺や血管が刻まれる。

18-7 鎌倉
国宝:法相六祖・行賀(2)
 衣紋の彫が非常に深く、鎌倉様式
 先駆けの作品。

18-8 鎌倉
梵天
像高181.3cm 、檜材の寄木造、玉眼
彩色仕上げ。頭体部を前後で矧木。
仮講堂で 保管。根津美術館に流出し
帝釈天と一具。

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